大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 昭和23年(オ)130号 判決 1949年1月18日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告理由について。

一、夫婦離婚等の場合において、不法に子を拘束する夫婦の一方に対して、法律上子の監護権を有する他の一方から、人身保護法にもとづいて、これが救済を請求し得ることは、所論のとおりである。原判決もこれを否定しているものではない。

二、原判決は、請求者梅吉とその妻である拘束者チヅ子間の離婚はまだできていない、従つて、チヅ子は親権者母として被拘束者勝彦及び明の二子に対して法律上、監護の権利、義務を有することを認めた。(請求者の主張するような、梅吉とチヅ子間に、二人の子供は、梅吉のみの親権監護の下におくという趣旨の合意が成立した事実は認められないとし、従つて、チヅ子には右二子に対する監護権はないのであるという請求者の主張を排斥した)しかしながら、原判決は、チヅ子の右二子に対する拘束は同人が右二子に対して法律上監護権をもつているというだけの理由で正等であると判断したのではなく、拘束者チヅ子、同実の両名は被拘束者等に衣食も十分与えず、栄養失調状態に放置して顧みないという請求者主張の事実は認められない、チヅ子は二子を養育する決意を有することが認められるし、未だ生後一年にも満たない乳児明、及び満二年にも足りない幼児勝彦は、これを母である拘束者チヅ子に監護させるのが適当であつて、同人等を今直に父親である請求者の許に引渡すのは幼少な被拘束者等の幸福でないという判断の下に、本件チヅ子等の拘束は親権者として法律上正等な監護権にもとづくのみならず、その実質的にも何ら、不当でないとして本件請求を棄却したものであることは、原判文上、きわめて明らかである。すなわち、原判決は論旨のいうように、ただ人身保護法第二条の「法律上正当な手続によらないで」という意義を、チヅ子にも子に対する監護権があるという-論旨のいわゆる「形式的」にのみ判断して、本件はこれに当らぬとしたのではなく、論旨のいわゆる「その拘束が、その時の状態において、実質的に不当であるか否か」を考量した上で、本件の拘束は実質的にも不当にあらず、従つて、同法第二条の場合に該当しないものとして、本件請求を排斥したのである。この点に関する所論は原判決の趣旨を正解しないで、原判決を非難するものというの外なく、その理由がない。

三、離婚等の場合において、だれが子の監護養育の任にあたるか、その他これに必要な事項は、夫婦間の協議で定めるべきであり、若し、その協議の調わないときは、家庭裁判所において、これを定めるのであつて、本件においても、若し離婚の場合とならば、子供の監護養育についての恒久的の措置はそのときに決定せられるのであるが、今日、それらの未解決の状態において、人身保護請求の過程にあつては、一応、子の所在を原判決のごとく母チヅ子の膝下におくことをもつて子の幸福を図る所以であると認めたことは適当の措置であるといわなければならない。請求者は、チヅ子等は暴力をもつて、長男勝彦を奪つたものであるから不法であると主張する。暴力をもつて奪つた事実があるかどうかは原審の確定していないところであるが、かりに、暴力を以て子を奪つたとして、その暴力行為の社会悪として憎むべきは勿論であり、その暴力行為が刑罰法規にふれるかぎりは、処罰制裁を受けるべきは当然であつて、若し現在においてもその拘束が暴力をもつて行われているとか、或はその暴力奪取の結果が現在の拘束にも何らかの影響を与えているという場合ならば、もとより、速かにその暴力を排除して被拘束者を自由の天地に解放するということは人身保護法の使命とするところであるけれども、かりに暴力で奪つたという事実があつたとしても、今日母の膝下に平穏に養育せられている状態が原審の認定したごとく子供のために、むしろ、幸福であるとしたならば、その暴力行為に対する刑事上の問題はともあれ、人身保護法の適用の問題としてはことさらに、現在の状態をもつて、不法の拘束なりとし子供を母のもとから取上げて、強いて父のところへ返さなければならないということはない。いづれ恒久的にどちらに養育されるかはやがて当事者間の協議若しくは家庭裁判所の審判又は調停等によつて、決定されるのであるが、それ迄の措置としては、とにかく、まだ三才若しくは当才の乳幼児のことであるから、これを母のもとにおくことを相当と考えた原審の判断は、まことに情理をそなえたものといわなければならない。

四、所論甲疏第一、二号証、同第四、五号証、及び証人古知屋キクの証言についても、原判決は右疏明方法を以ては、請求者主張の事実を疏明するに足りないとする趣旨であることは、原判文上看取せられるところであるから、その点について、原判決に、判断の遺脱ありとする論旨は、また、採用することは出来ない。その余の論旨は、要するに、原審の専権に属する疏明方法の取捨、判断及び事実の認定を非難するものであつて、上告適法の理由とならない。

よつて本件上告は理由のないものと認め、民事訴訟法第三九六条第三八四条第九五条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

右は、全裁判官の一致した意見である。

(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 塚崎直義 裁判官 栗山茂 裁判官 藤田八郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例